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2012年 05月 20日
【輪行】大山千枚田
千葉の棚田、大山千枚田に行ってきた。

以前から水を張ったら行こうと思っていて、丁度タイミングが合いそうだったので自宅から自走。房総半島は今年初めに350km走って飽きては居たが、内陸のルートは通ったことが無かった。

自宅は3時出発。6~6.5時間で着けるだろうという目測で。今日は天気、風ともに穏やかで、ルートはぐるりと1周するような形になるので、実際、追い風と向かい風が丁度半々だった。

千葉の内陸は、周りに小高い山が連なる景色を見ながらの真っ直ぐな道が多い。関東ではなかなか見られないほど直線だ。

道中特にトラブルもなく、9時ジャストに大山千枚田に到着。最近走れていないからだうだろうと思っていたが、中々良いペースだった。

棚田の魅力というのは何なのだろう。整っていない姿が複雑で面白いのと、いくつもの田圃を見渡せるからだろうか。あとは、地形的に不利なところに、なんとか田圃を作ったという歴史を感じるのかもしれない。

他のローディの人と挨拶したら、その方はかなりここに来ているらしく、色々と情報を聞けた。秋の収穫後などもまた良い風景らしい。祭りなどもあるとのことで、また機会を見て来てみたい。


ここまで固形物の補給はしていなかったので、丁度いい空腹具合だ。今回のもう1つの目的、それは――


これだ。 ビンゴバーガー!

話に聞いた時から一度行ってみたいと思っていたので、これはまさに好機だったわけだ。150kmほど走った褒美ということで、カロリー計算は釣り合うだろう。


というわけで一番の大物、スーパービンゴバーガーを注文。5分と待たずに出てきたのがコレ。

どうだ、この圧倒的な質量は。

とにかく大きいが、食べてみるとこれは美味い。あまりきつい味付けなどではなく、素材の味重視といった方向のように思えた。流石に3/4ほど食べたところで、量が多い、少し飽きたかな、といった感想が出てきたが、比較的最後まで美味しく完食。

普通のビンゴバーガーなら最後まで飽きることもなく食べられそうだ。また、大きさの割に崩れたりせず、食べやすかったのも好印象。


腹ごなしに軽く1時間ほど走って浜金谷へ。確かに腹は少し重い……などと想いながら、久々に東京湾フェリーに乗って帰路についた。

Result
走行距離:180.4km
平均速度:25.8km/h

本日のルート
# by whisp | 2012-05-20 17:50 | 自転車

2012年 05月 17日
旧ユーゴスラヴィア諸国の蒸留酒ラキヤ
ラキヤのことを知ったのは、前の投稿にある通り「さよなら妖精」がきっかけだった。旧ユーゴスラヴィアの付近の国では一般的で、果物から作られる蒸留酒、との情報からネットを検索すれば、なるほどそのような現地のお酒があるようだ、ということは分かった。

しかし、これを手に入れるとなると、どうしたら良いだろうか見当もつかなかった。馴染みの酒屋に訊いてみたが勿論不明。ネットで調べていたら、一応、市販品については幾つか買えそうなところは見つけたのだが、各家庭で作られたものなどは、勿論手に入るハズもなく。そう、だからこそ「これはいよいよ乗り込まなければなるまい」と思ったわけだ。


分類としては、ブランデーの一種になるのだろうか。どちらかというと、グラッパと言った方が分かりやすいかもしれない。ウイスキーや、一般的なブランデーやカルヴァドスなどの有名な蒸留酒は、それ専門の業者や生産者が作るのに対して、ラキヤは主に各家庭で作られている。秋に収穫された果物を使って造り、次の1年の家庭の酒になるのだそうだ。それぞれの家庭の味があり、日本で言えば、各家庭にあった漬物がイメージ的には近いのかもしれない。

Youtubeなどでは、ラキヤ造りの動画を見ることもできる。これも家庭によって様々な大きさの蒸留器を使って、煮詰めた果物を熱し、蒸留するようだ。


今回の旅で、クロアチアでは市販品らしきものを、ボスニアでは家庭で作られたものを買うことができた。また、ボスニアのバーで幾つか試したりもした。

左側の小さいボトルや細いボトルがクロアチアのもの。中央のペットボトルと右側の大きなボトルがボスニアの市場で買ったもの。ボスニアのものは domaća rakija つまりホームメイド・ラキヤ、と書かれている。ペットボトルのものはラベルすらない。いかにも手造り、といった代物だ。


飲み方としては、基本的には冷やして呑み、食前酒として供されることが多いようだ。冷やすことから、香りを楽しむというよりは、味を重視しているのだと思われる。味やアルコール度数は、原料の果物やそれこそ作る人によって様々だ。きっと各町ごとに、美味しいラキヤを作れる名人のような人も居るのではないだろうか。

普段ウイスキーを呑んでいる自分の意見では、基本的にはそこまで美味しいものかと言われると首を捻らざるを得ない。とても荒削りな味で、香りと味のバランスが悪いものも多かった。しかし、その背景を知って呑むと、なるほど不思議とこういう味も悪くない、と思えるのだ。生活に根ざした酒、つまり地酒か。そういうのは不思議な魅力がある。


何本か呑んでみたので、テイスティング・ノートを書いてみる。


Javukovača(青りんご、なのか?)

色:ほぼ透明に近い。軽く黄色がかっている。

香り:草、薬草、青々しい水草のような、消しゴム、むわっとまとわりつく香り

味:若いプラムのような甘さ。フルーティさはそこまでない。やはり草のような青臭さが少し残る。ミドルから少し胡椒のようなスパイシーさ。アルコール度数は40%程度だろうか。

フィニッシュ:草の苦味と、仄かな甘さが続く。段々と甘さとアルコール感による暖かさが残る。





Sljivovica(絵柄から見るとプルーンのようだが……)

色:ほぼ無色透明

香り:化粧品、香水、藤?などのフローラルさも若干

味:ブドウのピオーネか巨峰のような甘さ、若干洋なしっぽさも。少し人工的にも思える化粧品っぽさが残る。アルコール感が少し抑えられているが、途中からしっかりとした味わいになる。アルコール度数は同じく40%程度だろうか。

フィニッシュ:フルーツの甘さがメインで香る。あまり長くなくスッキリとした余韻。



とても独特な味わいである。表現が難しい。ウイスキー通の人たちがこれをどう表現するのか、少し興味がそそられる。



# by whisp | 2012-05-17 00:51 |

2012年 05月 15日
旧ユーゴスラヴィア旅行の理由
今回の旅について、周りから良く訊かれたのは
「なぜクロアチア? なぜボスニア?」。
全くもってごもっとも。これには深い訳が……あるような無いような。きっと、他のひとから見たらくだらない理由だと思うが、書いておきたい。


旧ユーゴについて目を向けるきっかけになったのは、自分が好きな作家である米澤穂信氏の「さよなら妖精」を読んでからだった。以下、「さよなら妖精」についてのネタバレもあるため、気にする方はご注意を。






1991年に起きた紛争については、当時テレビで流れていたので知ってはいたものの、小学生だった自分にはあまり馴染みも無く通り抜けていくだけだった。ソ連崩壊なども同様で、「そんなに大事なのか?」という感想を持ったことだけ覚えている。今起きたら驚くが。

そんなユーゴスラヴィアを背景とした「さよなら妖精」には、幾つか現地の情報も織り交ぜられており、その興味を惹かれる所となった。まさに、主人公である守屋と同じように、だ。そして物語の内容から、結果的に旧ユーゴ紛争とは何だったのか、という点も考えることになった。

戦争についてはここ数年でいろいろと調べはしたが、それは単に情報を集めただけであって、自分の中で筋道だった内容に落とし込めているわけではない。従って、何かを評論するような内容は書けないし、所詮外から眺めているだけの人間の書くことなんてたかが知れている。ただ事実として、内戦があり、たくさんの人が亡くなった。


紛争については、取っ掛かりとしては次の動画が参考になるかもしれない。1つ目はニコニコ動画でしか見つからなかったのでご容赦を。幾つか衝撃的な映像もあるため、視聴はご注意下さい。

[ニコニコ動画]ユーゴスラビアの崩壊 第1回 民族主義の台頭.(全6回)
[Youtube]ボスニア内戦 民族紛争の真実 前編
[Youtube]ボスニア内戦 民族紛争の真実 後編


しかし今は復興し、観光するに問題は無いということだ。「観光するのに命を賭ける」必要は無いのだ。そして、自分はいつかは旧ユーゴの、サラエヴォの姿を見てみたいと思っていた。ならば、行くのは今しかない気がした。行けるうちに行っておかなければ、チャンスはそう多くは無い。

自分は、守屋を自身にダブらせているのだと思う。その考え、行動、そして結果が自分のことのように思える。きっと人間的に近い存在なのだろう。「おれ程度の人間は決して少なくなく」、自分も痛いほど感じたことだ。

だからこそ、「観光」でも良いから、行ってみたい。「何かを見つけたい」、そんな甘えた考えも、ただの観光ならば許してくれるだろう。平和になったサラエヴォの街を観光で訪れることで、俺はマーヤに伝えたかったのだ。「貴方が愛した街は、今こうして平和になっている」と。





さて、もう少し具体的なきっかけを言えば、まずは1年ほど前にプリトヴィッツェ湖群国立公園のことを知った際に「あ、これは行ってみたい」と思ったこと。そのときも「いつかは……」だったが、最近、Twitterでボスニア在住の みーちょ(mic'o) さん(Blog/Twitter)の情報に触れることができ、気持ちの上で敷居が下がったことが一番大きい。これで決心が付いた。

では具体的な目的は? というと、

・プリトヴィッツェ湖群国立公園の景色を見る
・ラキヤ(蒸留酒)を呑む。特に家庭で作られたものを試してみたい
・ボスニアのコーヒーを呑む
・戦争の痕跡と、現在のサラエヴォの様子を見る

という内容だった。取り留めが無いように見えるが、これらも「さよなら妖精」を読んでいる人ならおおよそ見当がつくだろう。

景勝地という点ではプリトヴィッツェくらいしか無いのは、単純に日程的な問題で、本当なら旧ユーゴのすべての国を周り、ブレッド湖やポストイナ、ドブロブニクにも行きたかった。が、こればかりは仕方ない。しかし、どちらかというと今回の旅では街中や普段の生活に近い場所を見たいと思っていたので、目的地としてはあまり多くは無かった。

ラキヤもコーヒーも、「さよなら妖精」に出てくる。

「『日本のKafaは薄いですね』」
「ユーゴスラヴィアのコーヒーは日本のコーヒーより、濃いが苦くはないらしい。……どんなしろものだろう。」

「『rakijaというのがあります。(中略)でもラキヤは自分の家で造ります』」
「『自家製の酒か。一度試してみたいもんだな』(中略)これはいよいよ乗り込まなければなるまい」

守屋の感想は、そのまま自分の感想でもあった。そして、彼女の命を奪った戦争とはどのようなものだったのか。彼女の居た街とは。サラエヴォとは。紛争とは。今回の旅は、「さよなら妖精」と共に歩いた旅だったわけだ。

理由としてはこのようなもので、ちょっと齧った知識に当てられて勢いで現地探訪をしてみた、というだけ。でもまあ、旅の理由なんてそれくらいでいいのでは、とも思う。


最後に、今回の旅の出発には、金銭的な問題や時間的な問題よりも、なにより行くと決める自分の心が問題だった。色々と理由をつけて行くのを躊躇いもしたのだが、結果的には行って本当に良かったと思っている。

いつだって、一番の障害は自分だと思う。手の届く範囲の外へは、手を伸ばそうとしてみなければ届かないのだから。




# by whisp | 2012-05-15 23:40 |
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