鯨紀行

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旧ユーゴスラヴィア諸国の蒸留酒ラキヤ

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ラキヤのことを知ったのは、前の投稿にある通り「さよなら妖精」がきっかけだった。旧ユーゴスラヴィアの付近の国では一般的で、果物から作られる蒸留酒、との情報からネットを検索すれば、なるほどそのような現地のお酒があるようだ、ということは分かった。

しかし、これを手に入れるとなると、どうしたら良いだろうか見当もつかなかった。馴染みの酒屋に訊いてみたが勿論不明。ネットで調べていたら、一応、市販品については幾つか買えそうなところは見つけたのだが、各家庭で作られたものなどは、勿論手に入るハズもなく。そう、だからこそ「これはいよいよ乗り込まなければなるまい」と思ったわけだ。


分類としては、ブランデーの一種になるのだろうか。どちらかというと、グラッパと言った方が分かりやすいかもしれない。ウイスキーや、一般的なブランデーやカルヴァドスなどの有名な蒸留酒は、それ専門の業者や生産者が作るのに対して、ラキヤは主に各家庭で作られている。秋に収穫された果物を使って造り、次の1年の家庭の酒になるのだそうだ。それぞれの家庭の味があり、日本で言えば、各家庭にあった漬物がイメージ的には近いのかもしれない。

Youtubeなどでは、ラキヤ造りの動画を見ることもできる。これも家庭によって様々な大きさの蒸留器を使って、煮詰めた果物を熱し、蒸留するようだ。


今回の旅で、クロアチアでは市販品らしきものを、ボスニアでは家庭で作られたものを買うことができた。また、ボスニアのバーで幾つか試したりもした。

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左側の小さいボトルや細いボトルがクロアチアのもの。中央のペットボトルと右側の大きなボトルがボスニアの市場で買ったもの。ボスニアのものは domaća rakija つまりホームメイド・ラキヤ、と書かれている。ペットボトルのものはラベルすらない。いかにも手造り、といった代物だ。


飲み方としては、基本的には冷やして呑み、食前酒として供されることが多いようだ。冷やすことから、香りを楽しむというよりは、味を重視しているのだと思われる。味やアルコール度数は、原料の果物やそれこそ作る人によって様々だ。きっと各町ごとに、美味しいラキヤを作れる名人のような人も居るのではないだろうか。

普段ウイスキーを呑んでいる自分の意見では、基本的にはそこまで美味しいものかと言われると首を捻らざるを得ない。とても荒削りな味で、香りと味のバランスが悪いものも多かった。しかし、その背景を知って呑むと、なるほど不思議とこういう味も悪くない、と思えるのだ。生活に根ざした酒、つまり地酒か。そういうのは不思議な魅力がある。


何本か呑んでみたので、テイスティング・ノートを書いてみる。


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Javukovača(青りんご、なのか?)

色:ほぼ透明に近い。軽く黄色がかっている。

香り:草、薬草、青々しい水草のような、消しゴム、むわっとまとわりつく香り

味:若いプラムのような甘さ。フルーティさはそこまでない。やはり草のような青臭さが少し残る。ミドルから少し胡椒のようなスパイシーさ。アルコール度数は40%程度だろうか。

フィニッシュ:草の苦味と、仄かな甘さが続く。段々と甘さとアルコール感による暖かさが残る。





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Sljivovica(絵柄から見るとプルーンのようだが……)

色:ほぼ無色透明

香り:化粧品、香水、藤?などのフローラルさも若干

味:ブドウのピオーネか巨峰のような甘さ、若干洋なしっぽさも。少し人工的にも思える化粧品っぽさが残る。アルコール感が少し抑えられているが、途中からしっかりとした味わいになる。アルコール度数は同じく40%程度だろうか。

フィニッシュ:フルーツの甘さがメインで香る。あまり長くなくスッキリとした余韻。



とても独特な味わいである。表現が難しい。ウイスキー通の人たちがこれをどう表現するのか、少し興味がそそられる。
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by whisp | 2012-05-17 00:51 |

旧ユーゴスラヴィア旅行の理由

今回の旅について、周りから良く訊かれたのは
「なぜクロアチア? なぜボスニア?」。
全くもってごもっとも。これには深い訳が……あるような無いような。きっと、他のひとから見たらくだらない理由だと思うが、書いておきたい。


旧ユーゴについて目を向けるきっかけになったのは、自分が好きな作家である米澤穂信氏の「さよなら妖精」を読んでからだった。以下、「さよなら妖精」についてのネタバレもあるため、気にする方はご注意を。
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1991年に起きた紛争については、当時テレビで流れていたので知ってはいたものの、小学生だった自分にはあまり馴染みも無く通り抜けていくだけだった。ソ連崩壊なども同様で、「そんなに大事なのか?」という感想を持ったことだけ覚えている。今起きたら驚くが。

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そんなユーゴスラヴィアを背景とした「さよなら妖精」には、幾つか現地の情報も織り交ぜられており、その興味を惹かれる所となった。まさに、主人公である守屋と同じように、だ。そして物語の内容から、結果的に旧ユーゴ紛争とは何だったのか、という点も考えることになった。

戦争についてはここ数年でいろいろと調べはしたが、それは単に情報を集めただけであって、自分の中で筋道だった内容に落とし込めているわけではない。従って、何かを評論するような内容は書けないし、所詮外から眺めているだけの人間の書くことなんてたかが知れている。ただ事実として、内戦があり、たくさんの人が亡くなった。


紛争については、取っ掛かりとしては次の動画が参考になるかもしれない。1つ目はニコニコ動画でしか見つからなかったのでご容赦を。幾つか衝撃的な映像もあるため、視聴はご注意下さい。

[ニコニコ動画]ユーゴスラビアの崩壊 第1回 民族主義の台頭.(全6回)
[Youtube]ボスニア内戦 民族紛争の真実 前編
[Youtube]ボスニア内戦 民族紛争の真実 後編


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しかし今は復興し、観光するに問題は無いということだ。「観光するのに命を賭ける」必要は無いのだ。そして、自分はいつかは旧ユーゴの、サラエヴォの姿を見てみたいと思っていた。ならば、行くのは今しかない気がした。行けるうちに行っておかなければ、チャンスはそう多くは無い。

自分は、守屋を自身にダブらせているのだと思う。その考え、行動、そして結果が自分のことのように思える。きっと人間的に近い存在なのだろう。「おれ程度の人間は決して少なくなく」、自分も痛いほど感じたことだ。

だからこそ、「観光」でも良いから、行ってみたい。「何かを見つけたい」、そんな甘えた考えも、ただの観光ならば許してくれるだろう。平和になったサラエヴォの街を観光で訪れることで、俺はマーヤに伝えたかったのだ。「貴方が愛した街は、今こうして平和になっている」と。





さて、もう少し具体的なきっかけを言えば、まずは1年ほど前にプリトヴィッツェ湖群国立公園のことを知った際に「あ、これは行ってみたい」と思ったこと。そのときも「いつかは……」だったが、最近、Twitterでボスニア在住の みーちょ(mic'o) さん(Blog/Twitter)の情報に触れることができ、気持ちの上で敷居が下がったことが一番大きい。これで決心が付いた。

では具体的な目的は? というと、

・プリトヴィッツェ湖群国立公園の景色を見る
・ラキヤ(蒸留酒)を呑む。特に家庭で作られたものを試してみたい
・ボスニアのコーヒーを呑む
・戦争の痕跡と、現在のサラエヴォの様子を見る

という内容だった。取り留めが無いように見えるが、これらも「さよなら妖精」を読んでいる人ならおおよそ見当がつくだろう。

景勝地という点ではプリトヴィッツェくらいしか無いのは、単純に日程的な問題で、本当なら旧ユーゴのすべての国を周り、ブレッド湖やポストイナ、ドブロブニクにも行きたかった。が、こればかりは仕方ない。しかし、どちらかというと今回の旅では街中や普段の生活に近い場所を見たいと思っていたので、目的地としてはあまり多くは無かった。

ラキヤもコーヒーも、「さよなら妖精」に出てくる。

「『日本のKafaは薄いですね』」
「ユーゴスラヴィアのコーヒーは日本のコーヒーより、濃いが苦くはないらしい。……どんなしろものだろう。」

「『rakijaというのがあります。(中略)でもラキヤは自分の家で造ります』」
「『自家製の酒か。一度試してみたいもんだな』(中略)これはいよいよ乗り込まなければなるまい」

守屋の感想は、そのまま自分の感想でもあった。そして、彼女の命を奪った戦争とはどのようなものだったのか。彼女の居た街とは。サラエヴォとは。紛争とは。今回の旅は、「さよなら妖精」と共に歩いた旅だったわけだ。

理由としてはこのようなもので、ちょっと齧った知識に当てられて勢いで現地探訪をしてみた、というだけ。でもまあ、旅の理由なんてそれくらいでいいのでは、とも思う。


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最後に、今回の旅の出発には、金銭的な問題や時間的な問題よりも、なにより行くと決める自分の心が問題だった。色々と理由をつけて行くのを躊躇いもしたのだが、結果的には行って本当に良かったと思っている。

いつだって、一番の障害は自分だと思う。手の届く範囲の外へは、手を伸ばそうとしてみなければ届かないのだから。
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by whisp | 2012-05-15 23:40 |

旧ユーゴスラヴィア旅行 Day7(2012.05.05)

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サラエヴォの早朝は寒い。日中の気温が30℃を超える日でも、朝は長袖の上着が無いと震えてしまうほど。そんなサラエヴォの朝、今日もしっかりと晴れてくれてフライトは定刻通り7:30、ウィーンへ向けて飛び立った。さよならボスニア。

この日は帰りのフライトだけではあったが、ウィーンでのトランジットが5時間弱あり、ウィーン市街に出てみようかと考えた。ウィーン空港から市街地まではSバーンという電車で移動したのだが、これが驚くほど静かで快適な電車だった。

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ウィーンの街並みは、郊外は飾り気の無い建物ばかり。機能美というか、そういうデザインが普通なのだろうか。中心街は、これまた同じような建物が続く。アールヌーボー様式なのだろうか。詳しくないので分からないが、一様にのっぺりしているが、細かい部分に凝ったデザインが付けられている。そんな建物が延々続く。正直、面白みには欠けるか。

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外壁は何度も塗りなおしているのだろうか、とても整っている。地面もゴミが少なく、きれい好きな土地柄なのか、という感想だった。

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メインストリートをふらふらしてみたが、物価がなかなか高い……。特に食べ物はクロアチアやボスニアと比べると量も値段もかなり違うのに驚く。日本と比べても高いのでは、という程だった。

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1時間少々歩き、あまり遅くならないうちに空港へ。帰りのフライトは約10時間。時間は持て余し気味だったが、窓から見える空と雲、月と星はどんどん変化して、見ていて飽きなかった。やはり自分、空が好きなんだな。


クロアチアでもボスニアでも、素晴らしい空を見ることができた。また異国の地で、素晴らしい空を見ることができますように。
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by whisp | 2012-05-14 21:52 |

旧ユーゴスラヴィア旅行 Day6(2012.05.04)

サラエヴォ最後の日。今日はトラムに乗って終点のイリジャ(Ilidža)へ向かった。イリジャにあるブレロ・ボスネ(Vrelo Bosne)はボスナ川の水源で、美しい公園が広がっているという話だった。

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サラエヴォからトラムで15分ほどのイリジャは、郊外にあるもののなかなか発展している。ここから約2kmの並木道を通った場所に公園があるという。

少し遠いなと思いつつも、レンタル自転車などは見つけられなかったため、歩いていくことに。遊歩道を馬車に乗って行くこともできるようだが、折角なのでぶらぶらと歩きながら写真を撮ってみた。

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小一時間ほど歩いてブレロ・ボスネに到着。この日も天気が良く、綺麗な緑と水の光景を見ることができた。規模については先日のプリトヴィッツェと比べるべくもないが、より居住地に近い憩いの場、といった様子で、くつろぐ親子連れなどが見受けられた。

帰りに駅の付近で、どうやらレンタル自転車を扱っているらしいショップを発見。行きに見つけたかった……。確認したわけではなかったが、駅から川を渡ったら、少し右手の方にある団地の1階にショップがあった。


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流石に連日歩き通しで疲れが出たこともあり、この日は旧市街のカフェでゆっくりすることに。ボスニアの名物、ボスニアン・コーヒーを頂く。コーヒーの粉がきめ細かく、フィルターなどで漉さずにそのまま直接粉が入っている。一度かきまぜた後、粉が沈むのを待ってから頂く。味わいはかなり濃いのだが、そこまで苦くは無い。むしろクリーミィで若干甘めだ。

旧市街は何度も歩きまわったが、どれだけ居ても飽きないところだ。段々と残り少なくなっていく滞在時間を想いながら、自分がこの旅で得たものは何だったのか、などと考えるのだった。


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さて、最後の夜はラキヤが呑めるバーに入ってみた。早速注文すると、小瓶に冷やされたラキヤが出てきた。このままクイッといくらしい。グラスでないあたり、あまり香りを楽しむといったものではないようだ。

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ロザ(ブドウ)、ヴィリイァモヴカ(洋なし)、メドヴァチャ(ハチミツ)、バーハラ(オリジナルブレンド? ブドウ+ハチミツかプルーンのような)、ミールタ(謎。凄い苦い)といったあたりを試しながら、美味しいステーキを頂いた。

周りを見ていると、男性女性どちらもラキヤをクイクイ呑んでいる。蒸留酒なのでアルコール度数はかなり高いのだが、流石、飲み慣れていると強くなるのだろうか。


これにて全ての日程が終了。明日は朝7:30のフライトで帰るだけ。しっかりと起きなければ、洒落にもならないな、と思いつつ。
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by whisp | 2012-05-13 10:32 |

旧ユーゴスラヴィア旅行 Day5(2012.05.03) part2

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一度宿に戻った後に向かったのは、サラエヴォオリンピックのスタジアム。ここは内戦の犠牲者の墓地になっている。没年を見ると、やはり1990年代ばかりだ。遠くにはオリンピックの塔が所在なさげに見え、かつての平和とその後の災禍、そして今自分がここに立っているという現実が、とてもアンバランスな世界に感じられ、眩暈を覚えた。

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ふとそうせずには居られなくなって、ひとり黙礼をする。すると、不意に通り雨がおちてきた。まるで誰かの涙のような、そんな雨はしかしすぐに止み、なんだか不思議な気分を味わった。


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昨日から街中を観てまわったサラエヴォの印象は、まさに「復興のみち半ば」だ。市内は新しい建物も多いが、戦争の痕跡もまだまだ多い。ビルに穿たれた銃撃の痕、爆弾で吹き飛ばされ廃墟となったままの建物も幾つか見受けられた。

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昨夜テレビを見ていたら、内戦での映像が流れていた。まさにこの市街地で、銃弾が飛び交い、手榴弾が投げられ爆発したのだ。それから20年も経っていない。今ここにあるのは平和な街角にしか見えないが、それがどれだけ危うい柱の上に成り立っているのだろうか。そして、現地のひとはそのことをどう思っているのか。しかしそれはおいそれと訊けるような話題ではない……。


午後4時から、地元のフリーウォーキングツアーに参加。学生だという主催の彼は、主にオスマン朝以降のボスニアとユーゴスラヴィアの歴史、サラエヴォの文化、人種、宗教施設、近年の出来事などを事細かに解説してくれた。既におよそ1日見てまわっていたが、同じ場所でも説明を聴きながら見るのでは全く受ける印象が異なるものだということがよく分かった。

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朝に見たとき、これは何のモニュメントかと思っていたのだが、地雷に対する平和のモニュメントだと教えてくれた。オブジェは母親が子供を守る様を表している。

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そして周りに形どられているのは、子供たちの足あと。素材は地雷そのものの金属だそうだ。これを聞いた時、恐ろしさに鳥肌が立った。これほどまでに強烈なメッセージを発するオブジェを、自分はかつて見たことがなかった。

その他、第一次世界大戦の引き金となったサラエヴォ事件現場や、オリンピックにまつわる話、街中の見所までひと通り説明をして頂いた。このツアーは本当に参加して良かった。

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途中、激しい夕立。ドラチ市場で雨宿りをした後、向かったラテン橋(第一次世界大戦の引き金になった場所)で綺麗な虹が見えた。

ミリャッカ川に掛かった新しい橋は、平和の象徴のようにも見受けられたが、虹のように幻であっては欲しくないものだ。
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by whisp | 2012-05-11 23:43 |

旧ユーゴスラヴィア旅行 Day5(2012.05.03) part1

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6:00に起床し、朝食前に近くを散歩することに。サラエヴォは盆地だ。しかもすぐそばまで山が来ている。夏は暑く、冬は零下も当たり前だそうだ。決して生活が楽な場所では無いようだ。

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日本のように車の走りやすさ重視といったこともなく、おそらく20%程度もある急勾配な坂道が並んでいる。そこを走る車は、昔の型のものが多い。走るエンジン音などを聞いてもそれと分かるくらい。

クロアチアもそうだったが、一般的に車の運転は荒い。アジアの発展途上国ほど酷いわけではないが、決してマナーは良くはなかった。クラクションが良く飛び交っているのだが、ちょっとでもスタートが遅れたり下手に減速したりしようものなら、即座にクラクションが飛んでくる。手が常にクラクションのところに添えられているのではないか、と思うくらいだ。

もうひとつ付け加えると、オートバイに乗る人には暴走傾向が多いように見受けられた。しかしこれが日本の暴走族とは大違い。日本のはエンジンを吹かせて音を出すことを主目的にしているが、サラエヴォの暴走族は、とにかくスピード狂だった。ものすごい音と共に高速で走り去っていくことに魅力を感じているのだろうか。まあ、いずれにしても危険だからやめてもらいたいのだが。


さて、朝から活気のある市場を幾つか巡る。そして……見つけた! 本当にあった!
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これが今回の旅の目的のひとつ、ラキヤ(rakija)という蒸留酒だ。ラキヤは主に果物を原料にして作られるグラッパのような酒だが、大きな特徴がある。それは、その多くが各家庭で作られている、ということ。自宅の庭で、容れ物ひとつから作れるそうだ。

売り手のおじさんに色々聞くもさすがに言葉が分からないが、身振り手振りで原料、作り方などを色々と訊くことができた。サクランボやハチミツ、青りんごなど結局5種類ほど購入。これで念願叶ったり……感無量である。

他の市場でも、市販品と思われるラキヤの小瓶を購入し、一旦宿に戻った。今日はまだまだこれから歩くのだ。荷物は少ない方が良い。

後半へつづく。
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by whisp | 2012-05-11 00:53 |

旧ユーゴスラヴィア旅行 Day4(2012.05.02) part2

地図が無いのでどこをどう進んだのかは定かでないが、15:30頃にサラエヴォのバスターミナルへ到着。この頃にははっきりと風邪の症状が。

さっさと宿に駆け込みたいと思ったが、現地通貨(コンヴェルティビルナ・マルカ 1KM = 約55円)に両替しなければまず始まらない。ここで、当てにしていた郵便局や銀行がやっていないときた。ボスニアでは、5/1のメーデーに続いて5/2も休みらしい。これは知らなかった……。ユーロは持ってきていたので、トラムに乗れないかと思ったのだが、答えはNO。仕方なく、なんとか見つけ出したATMからクレジットカードを使って引き出す。

宿がある旧市街(バシチャルシア)へ向かうトラムを待っていたのだが、今度はこれがなかなか来ない。おかしいと思い別のトラム運転手に聞くと、「旧市街行きは今休みになってるから、途中でバスに乗るんだ!」とのこと。その後も、バス停で待っていると白人女性2人組に「英語話せる?」と声をかけられ、同じようなことを教えてもらえた。現地の人だったのだろうか。なんだろう、みんな親切だな。

旧市街の端で降り、予約していたホテル Pantion Stari Grad へ。ここはオススメという情報があったので3泊すべてを予約していたのだが、本当に良い宿だった。受付の対応も丁寧で、街中の情報も教えてくれる。何より部屋がキレイで熱いシャワーも勿論使える。これで1泊30ユーロとは……。体調が悪かったこともあり、この宿の快適さは大変助けになった。やはり宿はあまりケチらない方が良いのか。

すぐにシャワーを浴びてベッドに横になり、眠ったようなそうでもないような状態で30分ほど。少し気分が良くなってきたのと、空腹を覚えたので外へ繰り出してみた。


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旧市街は活気があり、人種、建築模様、店構えから売り物まで、とにかく多種多様。イスラム、カトリック、ユダヤが共存する都市。これぞまさにサラエヴォである、という感じだった。

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目に付くものすべてが珍しく、また、陽も傾き気持ちのいい風に吹かれながら旧市街を歩いていたら、体調はかなり回復してきた。こうなると早速夕飯にありつきたくなる。と、テラスではみんなが同じものを食べている。これはチェバピという、棒状のひき肉の炭火焼がピタに包まれている料理で、サラエヴォでも最もポピュラーな料理のようだ。

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早速頼む(6KM = 約360円)と、結構大きい。そして美味い! これはかなりオススメできる。付け合せのタマネギはなぜか生なので、ちょっとこれは苦手。ついでにサラダ(2KM = 約120円)と飲むヨーグルト(1KM = 約60円)を頼む。サラダはトマトと酢漬けのキャベツが結構大盛り。ヨーグルトは甘くなく塩味で、アイリャンと言われる。実はこれが旅の目的のひとつだったのだ。この食べ合わせ、なかなか日本ではできなかったので。現地ならではの料理を堪能し、ひとまず満足。

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9時頃になり、ようやく夕暮れの街並みをふらふら。明日はどうしようか考えながら、気分はすっかり元通りになりつつあった。
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by whisp | 2012-05-11 00:09 |

旧ユーゴスラヴィア旅行 Day4(2012.05.02) part1

もう馴染みとなったバスターミナルへ向かい、06:30出発のサラエヴォ行きへ乗り込む。朝食は、これまた馴染みとなったPekaraで購入。なかなかの大きさのバゲットにハムチーズ、レタスに薄切りトマトなど野菜も入って 15.2Kn(約230円)。これでお腹いっぱいになれるのだから、やはりコストパフォーマンスは高い。

バスはごく普通の高速バスで、座席はそこまで広くは無いが隣が居なかったためそれなりに快適に進む。2時間ほどでクロアチアとボスニアの国境に到着した。

国境では、ボスニアからの出国がかなりの長蛇になっていた。後で知ったところによると、ストがあったためらしい。こちらの入国については、乗客全員分のパスポートが回収され検査に30分ほどかかったが、特にトラブルも無くあっさりと済んだ。

とうとうボスニア・ヘルツェゴビナにやってきたのだ。いつかは行ってみたい、と思い始めてからはや5年は経ったろうか。本当に来ることが出来た。あきらめなければ、手はどこまでも届くはず。その結果がひとつ、実った瞬間だった。

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ボスニアの街道沿いは、クロアチアとは少し趣が違った。街道沿いに家が立ち並び、広々とした風景というよりは少し雑多な印象を受ける。個人経営の雑貨店が良く目につき、他には花を売っている露店も多く感じた。

その後、平地からあっというまに山岳地帯へと突入した。道幅は狭く、見通しが悪いカーブが多い。しかもそこをバスはかなりの猛スピードで進んでいくのだ。これはかなり怖い。しかし、切り立った崖に映える緑と、群生している蒲公英の黄色が流れる光景は素晴らしいものだった。

途中、バスに同乗していた韓国の女性と会話。3ヶ月ほど掛けて様々な国を見ているそうだ。自分は6日ほどで帰ると告げると、「たったそれだけ?!」と驚かれた。日本のサラリーマンならそれだけとれるだけでも御の字だ。しかし、本当にそれが普通といえるのだろうか?

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この頃から頭痛が酷くなっていた。気温は30℃を超える中、バス車内はまるでサウナのようだったので、暑さにやられたのだろう。流れる景色には興味を惹かれるものの、途中途中で意識が途切れる。

サラエヴォはまだだろうか。
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by whisp | 2012-05-10 23:57 |

旧ユーゴスラヴィア旅行 Day3(2012.05.01)

今日も良い天気。07:30出発のバスに乗って、いざ向かうはプリトヴィッツェ湖群国立公園。この旅の目的のひとつだ。

昼食用にPekaraで2つほどパンを買い込み、水も1リットルを確保。何と言ってもプリトヴィッツェは広く、店などほとんど無い。そして今日も暑くなるだろうことは明白。準備万端で行かないと、しっかり楽しめないだろう!

2時間ほどバスに揺られるが、この間も本当に緑が多いことに驚く。平地も山間も、とにかく緑。ここまで緑があるというのは凄い。自分の中で、クロアチアは緑の国という印象が強く植え付けられた。


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プリトヴィッツェ湖群に入園し早速見えた光景は、想像以上の素晴らしい色合いを見せる湖で、ただひたすら感動。様々な表情を見せる湖、滝、そして樹々の緑。本当に晴れて良かった。

この日も気温は30℃を超えるほどだったが、公園内は木陰が多く日光がほどよく遮られていた。また、滝の近くでは飛沫が気温を下げてくれたりと、ハイキングとしても丁度いい季節だった。

しばらくプリトヴィッツェの美しさをご堪能いただきたい。
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結局朝9時~15時頃まで、ほぼすべてのルートを歩きながら大自然を満喫した。途中、景色に気を取られて、左足をかなり強く挫いてしまった。歩けなくはなかったが、少し強い痛みが。これが旅行中ずっと付きまとうのだが、まあ結果的には大事には至らなかった。


さて、帰りもバスの予定なのだが、ここはターミナルでもなく、ザグレブへは16時くらいから4本程度しかないのだ。勿論、一般のひとも普通に乗っている。バスに乗れないことも多い、との情報があったので早めにバス停で待つことにした。

暫くして8人ほどバス停に集まったところで、目の前に停まっていたバンから男が降りてきてこう言ったのだ。
「ザグレブまでひとり100Kn(約1500円)で行かないか?」
バスはあと1時間は来ない。そして乗れるか分からない。ならば、ということで皆承諾。

なるほど、バスに乗れなかったらどうするのかと思っていたが、これがからくりだったわけだ。つまり白タクがいるから、最終的にはどうにかなる、ということだ。良い商売なのだろう。

ちなみにザグレブ~プリトヴィッツェはバスで86Kn(約1300円)。高速を使って2時間の距離がこの値段というのは、なかなか凄いのではないだろうか。クロアチアの物価はそこまで安いわけではないが、交通費は驚くほど安いものが多い。街中を走るトラムも、中心地区に限って言えば無料で乗り放題だ。

是非行きたいと思っていたプリトヴィッツェは、予想以上に素晴らしい景色を見せてくれた。かなりの広さがあり、水や滝もたくさんあるため、見所が沢山あるのも嬉しい。素晴らしい天気にも感謝。

明日はまた朝早くからバスに乗り、一路サラエヴォを目指す。
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by whisp | 2012-05-10 23:15 |

旧ユーゴスラヴィア旅行 Day2(2012.04.30)

天気予報を見たかったのだが、テレビではどのチャンネルでも天気予報をやる気配がない。明日あさっての予定は天気に左右されるので、どうしようか迷っていたのだ。仕方なく当初の予定通りに行動することに。

朝イチで昨日のバスターミナルへ行き、チケットを抑える。これにより今日4/30はザグレブ観光、明日5/1にプリトヴィッツェ湖群国立公園に行くことに決定。天気次第では逆も考えたが、5/1はメーデーで祝日となるため、ザグレブ市内は軒並み見所が休みになるらしい。それを考えると、こっちの方が良いだろうということで。

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さてようやく朝食。ターミナル付近だけでも4つほどあるのが、Pekaraと呼ばれるベーカリー店舗。これがまた美味しそう&サイズが大きいのだ。17Kn(約250円)のバゲットを注文したらその場で焼きなおしてくれ、これを持って別のコーヒーショップでコーヒーを頼みつつ頂く。こちらでは他の店で買ったものを持ち込みんでも特に文句言われないし、そういう文化らしいことは事前情報で仕入れておけたので助かった。

それにしてもこのパン、かなり噛みごたえがある。そしてかなりデカい。写真では奥行きがわかりづらいが、横の半分くらいはあるのだ……。1個でお腹いっぱいなレベル。肉の塩気がかなり強いが、美味しい。

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腹ごなしも済み、いざザグレブの中心街へトラムで移動。イェラチッチ広場で下車し、聖母被昇天大聖堂へ。朝7時からは早朝のミサが行われており、厳粛な空気を末席で味わうことができた。

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その後は街中をひたすら歩く。ザグレブの街中は緑が多い。至る所に樹が植えられ公園がある。東京のように、なんとかひねり出したような公園ではなく、余裕が感じられる。そしてベンチが置かれ、カフェも多い。のんびりくつろげる場所がたくさんあるのが印象的だった。

カフェといえば、カフェ・バーという形態が多いようだ。コーヒーと共にビールも良く供されており、昼間から飲んでいる人もよく見かける。というか今日はまだ平日のはずだが……。ビール1本、あるいはコーヒー1杯で友人との会話を楽しむ。そんな光景が良く見かけられた。

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8時になれば市場も賑わい始める。キロ単位での値段を見ると、なるほどかなり安い。青果ばかりかと思ったら、地下には肉、チーズ、卵、パンなどを扱う店もたくさんあった。

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少し足を伸ばし、郊外にあるミロゴイ墓地まで歩く。ここはヨーロッパで最も美しい墓地とも言われている場所だ。墓所というのは、ある意味その土地の文化がよく感じられる。そして、そう、「準備のないところ」を見ることができる場所として候補に上がりやすい。

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モスクのような建物に、石造りの回廊も墓の一部。そして整然と並んだ十字架。ここもまた緑が多く、不思議と心休まる場所なのだ。死者の眠る土地としては、なるほど良い場所なのだろう。


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再び街中へ。街並みは典型的なヨーロッパ風だが、通りから見えるところだけ塗り直したようなものも多い。中心街付近はさながら銀座のようだが、あまり広くは無く、すぐにベッドタウンのようになる。デパート的なものは少ないが、スーパーマーケットや雑貨店はよく見かける。

食事は、レストランや食堂が少ない。とにかく多いのがファストフード店。前述のPekaraやピザ屋がとにかく多い。マクドナルドも数カ所あったが、正直存在感が薄い。Pekaraのパンは安くて美味しいのだが、野菜があまり取れないのが困りもの。

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青果市場は夕方になる前に片付いていた。30℃を超す暑さのなかを歩きまわって疲れたので、広場でのんびりしつつ夕暮れを待つ。陽が落ち始めて、ようやく涼しくなってきた。これからが楽しい時間、とばかりに広場に人が溢れてくる。明日は祝日だから、少しぐらい遅くなっても良いのかもしれない。
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by whisp | 2012-05-10 00:32 |